最後の課題

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写真は、関係ありませんが、

今日は、一年生前期最後の基礎造形課題の締め切りでした。

完成という状態と見なせる人は4割でした。

この数字は年々下がっているような気がします。

もちろん間に合っていて、出来も素晴らしいというのが最高です。

でも、出来は良くなりそうかもしれないけれど、完成出来ていない。

出来映えはイマイチだけど、完成出来ている。

どちらがいいかという問題があります。



世の中の仕事の大半は、マネージメントですから、

やはり、締め切りに出来ていないと話にならないわけです。

時間内に妥協すべきポイントは妥協しながら完成させて最高の点をたたき出す。

長いスパンの時間を計画し、自分をコントロールして、

どうやったら最も良い結果を出せるかを考えることが大事で、バランス感覚がとても大事なわけです。

デザインセンス云々ではないのです。



今日も、入学当初はイマイチだなと思っていた男の子が最も良かったという結果でした。

彼は、当初そうではなかったスイッチが入っているのが、最近見えたのです。

つまり、自分を良い循環に巻き込むというのがとても大事です。

今までダメだったけど、「ちょっと褒められた。次頑張ろう。」

逆のパターンももちろんあります。

「私ってセンスないかも。。。」簡単に自分で決め込んでしまうと、次々に悪い循環にハマって行きます。

「やらんと仕方ないから。。。とりあえずやった。」という雰囲気は作品に露骨に表出します。

諦めている人は、見るだけでわかるのです。

だから、講評でも、作品云々の話をしないことがほとんどです。

作品の話の前にすることが多すぎるからです。

そういうのを見るのが本当に辛いし両者にとって悪いのです。

自分で作ったものを愛していれば、そんなものは勝手に滲み出るのです。

下手やけど、愛があれば、それで人は感動します。

大学では、入学時点の成績と、卒業時点ではかなり入れ替わるのを見て来ました。

つまり、先天的な能力で生きているのは18歳くらいまでなのです。

それ以降は、どれだけ努力するかで変わってくるのだと思います。




私もモノを作る人になるんだから、モノを作る大変さとその覚悟を教えないといけないと思って、

課題を考えて、講評を考えています。

でも、そうなんです。執念で作ったら、簡単に捨てられないのです。

「今、それ捨てれるでしょ?」って私が聞いたら。

「はい。捨てれます。」って平気で学生が言います。

「。。。」

そこから教えんといけないという状態なのです。




「人は、執念でモノを作らなくなった」とは宮大工の西岡常一さんの言葉です。

執念でつくったら、簡単には捨てられないし、その経験と心があったら世の中は全然違うと思います。

もちろん卒業して、すぐに社会の仕組みに巻き込まれて、忘れるかもしれませんが、

そう信じてやるしかないなと思っているのです。
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by planettv | 2011-07-15 20:02 | design